昭和42年7月27日 朝の御理解


 お取次を頂いておかげを頂いていくということは、二つの頂き方というか、頂いていく道というかあると思うんです。お取次を頂いておかげを頂いていく道は二つある。
 それはどういうことかと、まあ大雑把に申しますなら、一心不乱、迷わずもう一心に、しかも不乱に、自分の心を乱さずに、神様にお縋り申し上げておかげを頂いていくという道。
まあそれを言うなら、一生懸命修行させて頂いて、一生懸命に拝ませて貰うて、おかげを頂いていくという道。勿論それもお取次を頂いて、一生懸命に拝む。お取次を頂いて、一生懸命に修行させてもらう。それは勿論、表行もはいります。
 いわゆる水を被ったり、まあ言うなら、火の行、水の行も厭わんというような気持ちで、一心に神様へその、お縋りしていく。そういう生き方が、いわゆる一つ一つのおかげを頂いていく道。
私はそういう様な道でも、やはり天地に繋がる道に出られると思う。ね、そして、それは低級だというようなことじゃない。それでもやはり私は、天地の大道というかね、天地の道に繋がっていけると思う。 
もう一つは、どうぞおかげを頂かせて下さいと、そう頂かせて下さいといういき方ではなくて、どうぞして、信心を分からせて頂きたいと。どうしたならば神様の心に叶う私になるだろうか。どうしたならば、天地の道理に合うた信心が出来るだろうかと、言うならば、明けても暮れても、そのことを思い続け、祈り続け、そのことを、ああでもなかろうか、こうでもなかろうかと自分を改めに改めていく生き方。
これもやはりおかげを頂いていく道なんです。これはいわゆる、おかげを言うならば、願っていませんから、けれども、まあ言うなら、願い以上のおかげが、それも段々に出来てくるようになる。
 言うならここで二つしかないのです。おかげを頂いていく道と言うのは。そのどちらもが中途半端であったらどういうことになりますか。おかげも中途半端です。受けておるというても、中途半端です、ね。本当のおかげを成就していかないです、ね。確かに頂いておる。けども頂いたおかげが、本当のおかげの花にもなく、結実、実が実っていかない。それでは。所謂おかげであるかげの様なものである。ね。
 ですから皆さんどちらがいっちょ本当にです二つしかないのですからね。そこで私は、なら、まあ大雑把に分けましたけれども、私どもと致しましてはですその両方を、私どもは本気でとらして頂くということになれば、まあ言うなら鬼に金棒なんです。まあ実際の上においてですたいね。まあ強引にでも場合には縋らなければおられん。頂かなければ出来んということがございます。
 ですからもう一段と私、縋るということにおいてもです、その縋り方の、いわば一心でないことを悟らしてもらって不乱でないことを分からしてもらって、一心不乱に拝ませてもらい、一心不乱に修行させてもらい一心不乱に、そのことを願っていく信心にならなければいけません。
 同時にどこがおかげを受けられん元であろうかと、昨日から私が申しましたように、皆さんどうでしょうか、ね。私が御夢の中に現われてくる、自分は自分も傘をさして、家の中に居りながら、家の中に高下駄を履いてきて居る、入って来る人を叱っておるような、自分。ありゃあ違う、自分でなかったじゃろうかと、思われた方はないでしょうか。ね、あられたら、本当にそこんところを改まってです、ね、惜しいじゃないですか。
 折角、信心しておかげがこう現われてくる。その現われてくるそのおかげを又崩してしまう。かやしてしまう様なことになってしまうのですから。
どうして下さい。こうして下さいとは願わん。願わんでもやはりそうありたい、ね。ありたいならば、いよいよ信心を分からして頂こうということに努めていかなければならん。
 昨日は、善導寺の親先生のお伴を致しましてから、親先生もやっぱり、御用もございます。自分の久留米教会長しておられます久留米のこと、又は、その手続き関係のこと、そして合楽の私どものこと、たくさんの要求をもって、それでもあの、教務所長におられながら、ならんという御用があった。それで昨日、私と若先生と、秋永先生と高橋さんの車でおかげを頂きました。あちらで色々話をさせて頂いてから、親先生の話を、所長、聞かれて、大坪先生、貴方はどう感じられますか。若先生、合楽の若先生、貴方はどうそこの所を思われますか。又はご信者さん方としては、どう考えておられますかと、それぞれの心情を聞かせてくれと、こういうことでございます。
 善導寺の親先生も、本当に、親先生として、その真心を吐露されたように、まあお話なさいました。私も、若先生も、秋永先生も、まあ責任ある信者を代表して、信者の気持ちを申しました。そしたら本当にそれが所長に分かって頂きました。そしてこれは私だけが分かったのではいけんからどうでも、いついつこれを今の、いわば荒巻先生、そして大坪先生、それから若先生、それから信者の代表の声であるところの、貴方のお話だ。そのことをですね、私を交えて、所長、次長、全部居る前で、もういっぺん説明をして下さい。公の所で、そうすればおそらくは、八月三十日まで、ここの期限でございます。その間に、何とか皆さんの願いであるところの道が立つでしょうというところまで、おかげを蒙ってまいりましたね。
 ですから、その中に私が申しましたことは、只今のようなことでございました。私はもう一切、どうありたい、こうありたいというのではなくて、ならないんじゃない、それはね。親先生御夫婦よりも、ここの信者さん方よりもです、私の願いは、もっと、もっと切なんだ。けれどもです、切なんだけれども、その事どうぞ、そうして下さいというものは持たないね。教師資格問題であろうが、教会長問題であろうが、どうでも私を教師に取り立ててください。どうでも私をここの教会長にして下さいという願いは、それは神様の願いである言うことが分かれば分かるほど、そうありたいという願いは、それは親より子よりも、私自身は本人でだから、もっと切だ。切だけれども、そうありたいとは願わない。ね。
 それは本当に与えられる信心を、私は一生懸命に、ここ十七年間務めさせて頂いて来たということを、椛目の場合、本当に狂言のように言われますから、本当に狂言のように御繰合せを頂いてまいりました。そしてその実例をもって申しましたことでございます。あまりにもだから狂言のように見えますし、それは姑息的のように見えるわけなんです。けれども事実、その例をとって、私のね。皆さんが願い続けられた。私の検定試験をもって、いわゆる本部に行かずに教師資格をとって頂きたいという、十何年間、皆さんがそのこと願い続けてこられた。
 そのこと事実だ。けれども、それでいけないことが分かって、私が学院に入らして頂こうと言うことも事実なんだ。その時は、私は糖尿病であるとかなんとか言うことは全然。ハァおれは今、糖尿病じゃけぇー、今、学院に行けゃ学院の方ではねられる。いうようなその姑息的な考え方ではなかった。今、向こうに行って始めて、私は糖尿病であるということが分かった。腎臓であるということが分かったじゃないか。そして試験はでけたけれども、そのことによって入れなくなってきた。それが又翌年までも同じく病気が続いておった。こで学院に、検定をもってということになった。所長が言うておられました。だから二年目の検定はどうぞ、本部としても教務所としても、どうぞ教師になってもらわなければならないから、検定でも受けて、なって下さいということだったですよ。この度ではいうことでした。ね。
 しかし、そのことを狂言といわれるならばですね。なるほど狂言といわれること、ない程におかげを頂いておるけれども、病気をすることを狂言でけきるはずがないじゃないですか。ね。おかげを受けたいことは切なんです。ここは申しませんでしたけれども、皆さんもそうでしょうが。十七年間という間に、様々な願いと申しました。椛目、合楽のご信者さん方は、まるきり、親の足を引っ張るようなもんだと、あんまり一生懸命になりすぎてかえって、その私が困っておるということを言われますだから、私は申しました。そのことを、まあ先生、私はもう本当に、私の信者はそれこそ一生懸命でございます。ね、そして私が例えば倒されようが、もうそんな事はもう問題じゃない。そのくらいに、私に打ち込んでくれるんですもの。私が倒されるということは、有難いことだから、私はそれなら倒されますと、私は申しました。
 そういうようなことが十七年間繰り続けられてきて、その基礎が出来て、土台がでけて、そしてこの何にを分からせて頂いたかと言うとです、ね、合楽という地に、期せずして、ここに善導寺にも一里、田主丸にも一里という所に、いわばお屋敷になるようなおかげを頂いて、そここに、二年がかりで御造営がでけて。御造営が出来ますと、そこの暁に教師にもして下さり、又これから教会長としてのおかげも下さることになるだろう、そういう、いわば神ながらの道がここに開けてきた。ですから金光様の先生が、どういう風に、皆さんが言われておられても、金光様の先生ほどしならばですね、なるほど御繰合せを頂いておられるんだ。狂言のような、素晴らしいタイミングの中に、合楽がおかげを受けておられるんだということが分かって頂きとう思うんですねと私は申しました。 
 そして、これはこれからとても同じでございますことは、ね。私の生き方はどうでも、地団駄を踏んでも、そうして下さいという、願う生き方ではなくてですね、そういう頂ける私になりたいということだけに一生懸命になっておるのですから、私の生き方がいかにも、考え方、見ただけでは横着のようにです、ハァ自分もならんでよかばってん、親や子供らがやあやあ言うちゅうてから、自分は教師にした、言うような横着な考え方では決してないというようなことを説明させて頂いたらよう分かって頂いてですね。
 もう本当に、まあいうならば単刀直入ですね。あの申しましたけども、そこんところを分かって頂いていから、とにかく八月三十日、この期限のある間に、何とか運びになるような御繰合せを頂かなければならんと言うてから、瀬戸先生も言うて下さった。けども、ここはどこまでも私的な話し合いでございましたね。教務所という所謂、公の場によって今日のことをもう分かるように説明して下さいと言うような、所長自身がそこの所を分かって下さったことは大変な収穫であったと、私は思わして頂いたことでございますけれどもですね、もうほかにも色々とおかげを頂いて参りましたけれどもね、結局、私の生き方はそれなんですよ。ね、だから、どちらにかやはり、あの徹底しなければ駄目だということです。ね。
 そう言いながらも、私の中にはで、祈りすがりということはないかと言うと、やっぱり祈らなければおられん、すがらなければおられん、本当に一修行させて頂いてからでもという、それも確かに、私自身の中にございますでしょう。受けものを頂かなけゃあと言うだけでなくて、一心に縋りなさいと言うことも申しますでしょう。けどもやはり、一番濃厚に打ち出されておるのは、どこまでも、私の第二の問題生き方、おかげを頂いて行くには、たった二つしかないという道は、本当のおかげを頂くには、ね。一心不乱に、迷わず自分にでも、一生懸命の信心をひと縋りするという道と。ね。どういうあり方にならして頂いたら、神様の心にかなう私になろうじゃろうかと言うところに、本気で改まらせてもらう。磨かせてもらうという、この二つ以外にないのだ。ね。
 その二つともが、いわば、いい加減であれば、おかげも頂いておると言うても、そのおかげもいい加減なもんだ。中途半端なもんだということを申しましたですよね。
ですからそこに徹底していくということはです、難しいことなんですけども、信心が好きになりますと、そのことが楽しゅうなってきます。折角こうやって、朝参りを皆さん一生懸命になさるんでございますからね。その朝参りを楽しゅう好きになるところの、私は信心をさせて頂くとです、私が申します両方が楽しゅうになってくる。
 おかげを頂かんにいけん、このことだけは頼もうというようなところからでもです、早う言うならば、このことだけでもと言うならです、このことだけではいいから、所謂、一心不乱にもちっと、いっぺん参りでおかげを頂かんにゃところを、二へん参りというようにです、もっと一心不乱である。いわばあれこそ一心不乱だと、誰が見ても、神様が御覧になっても思われるような、一心不乱の信心と修行をしなければいけんのですよ。ね。まあお願いしておるけんよかろうぐらいなお願いじゃつまらん。日にいっぺんお参りしよるけんよかろうじゃいかん、ね。
 そこんところをですね、どうも、私どもの信心はですね、そこのところがどうか中途半端なような感じがする。どちらつかずじゃあるという気がする。ね、そこを一つ、どうでも徹底した信心にならして頂こうという願いをですね、もたなければいけんと思うのですよ。   どうぞ。